【鬼滅の刃】心情解説-継国巌勝(上弦の壱)と継国縁壱~双子で対局の存在~

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本記事はネタバレを含みますのでご注意ください。

鬼滅の刃に出てくる継国厳勝と継国縁壱は双子の兄弟である。単行本20巻で初めて明かされた2人の関係性は現代人においても感情移入できるような人間味溢れるものだった。今回は2人の心情を掘り下げて、関係性についても考えていきたい。
単行本を読めばそのままわかることは記載いたしません。心情を深読みした結果を記載しています。

継国巌勝

巌勝は、強く、いつも勝ち続けられるように願い父が

陰陽:20巻単行本収録 大正こそこそ話

7歳のあの瞬間まで

父は厳格であり後継者に対して強さを求めた。その強さは勝敗があり敗者になってはいけないことが、この文言から読み取れる。時は戦国時代で継国は武家である。侍として剣の道を極めることが父の願いに応えることだった。
巌勝は才能に恵まれていた。剣の才はあったので修練にも打ち込んでいたし、家柄もよく長男だった。自分の存在価値を感じることができた。
 「強き人とは弱き人を助けられる人」これは単行本8巻で煉獄杏寿郎の母が語った思想によるものだ。強さとは継国兄弟の父親が思うようなものではない。そのあたりを巌勝は幼いながら、薄々感じていたのだろう。双子の弟で忌み子として扱われていた縁壱に対して、面倒を見てあげていた。それは弟だからというわけではない。弱き者だからだ。自分は助けなければならないと考え、行動していたにすぎない。

巌勝がこのままでいたならば、強さを求める父と慈愛を大事にする母の人間性が影響し合い、恐らく強きを挫き弱きを助く人格者になったでしょう。

7歳のあの瞬間から

縁壱が剣技の指南役を易々と討ち果たしたその瞬間。彼は強き者ではなくなった。彼は剣で負けたし、後継ぎにもならなくなった。また母の死では自分が母の病をも助けられない役立たずであったことが露呈した。

自分の存在価値は失われた恐怖から嫉妬と憎悪にとりつかれた。

このとき巌勝は7歳である。

ここで彼の時は止まってしまった。その時まで薄々感じていた強さの本質は思考停止となり、再びあの瞬間から前の幸せな日々に戻りたいとだけ思うようになる。つまり、強さの測りである「剣の強さ」で縁壱に勝つことだ。「強き人とは弱き人を助けられる人」のことであり、ただ単に力が強いことを指し示すことではないという真理は遠のいた。

巌勝の全てを否定して縁壱は消えた。縁壱はもういない。跡継ぎにもなれた。妻も子も生まれた。しかし、幼少時代に味わったこの屈辱は消えない。巌勝のトラウマ。

鬼へ

トラウマに打ち勝つことが彼の人生の目的となり、鬼になり強さのみを求め続けた。寿命で縁壱は死んだであろうと考えていた。縁壱の全盛期である強さのレベルを永遠の時間の努力で抜くことで彼のトラウマは晴れる予定だった。

しかし、縁壱は80過ぎまで生きており巌勝はあっけなくやられた。60年以上も鬼として鍛錬してきても圧倒的に敗北する存在。同じ日、同じ両親から生まれ、同じ姿形をしていながら出来損ないの自分。自分の存在意義を見いだせなくした縁壱なのに、死の間際でも大事に持っていた竹笛。つまり自分を慕ってくれており、自分を必要としてくれていた。縁壱は自分に存在意義があると思わせてくれる存在だった。憎しみと涙が同居した。

この矛盾を解明することはできなかった。してはいけなかった。鬼となり人の道を外れ黒死牟となった巌勝には立ち止まれない。ただこの矛盾こそが自分の中の謎の鍵であることはわかっていたので、懐には竹笛が常にあった。

最期

不死川実弥(兄)が弟の仇を討ちたい気持ちで涙を流しながら振るった刃で首を落とされたのは、何とも皮肉なことだろう。そもそも、巌勝がそのように弟想いで強い兄になりたかったであろうに。

彼は死の間際、自分の本当の願いについて考えさせられた。彼の願いは醜い姿になっても強くなることではなく、「縁壱になりたい」だった。

縁壱とは、巌勝にとって強くて人格者。まさに強き者の代表だった。それに気づいてからは彼がこの世に未練などないので、もはやこれ以上再生する理由もなかった。

7歳のあの当時に味わったトラウマ。もし縁壱よりも上の存在がこの世にいたら。もし縁壱が嫌な奴だったら。もし縁壱が兄だったら。

そのどれもがこの黒死牟になる結末を生んでいないと感じる。

継国縁壱

縁壱は、人と人との繋がりを何より大切にと願い母がつけた名です。

陰陽:20巻単行本収録 大正こそこそ話

7歳のあの瞬間まで

縁壱には幼いながら、多くのことがわかっていた。自分が10歳で寺へ追いやられることも。自分をかばってくれた母の死期が近いことも。弟というだけで家を継げない自分の境遇も。
自分と同じ日に生まれ、同じ両親を持ち、同じ姿かたちの兄は全てを譲り受けるというのに。
この不条理に縁壱はどうしたか。

欲しがる気持ちを無くしたのだ

執着がないことは人間的な心がないことだ。人間はもっとお金が欲しい、愛がほしい、出世したい。自己成長したい。色々な欲望がある。しかし現実を受け入れて何も感じずに生きることにした。これは生きながら死んでいるのも同様だ。

ただそんな縁壱にも人間らしさを取り戻させてくれる存在がいた。兄、巌勝だ。巌勝は自分と接すると父に叱られるというのに構わずに構ってくれた。双六をしてくれ凧揚げをしてくれ、竹笛をくれた。成長して兄がくれたものが愛情であることを理解して、縁壱は人間らしさを取り戻しつつあった。

「兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?」

慕う兄のことをもっと知りたいという欲求が生まれた。

「俺も兄上のようになりたいです。俺は、この国で2番目に強い侍になります」

慕う兄の役に立ちたいという欲求も生まれた。

7歳のあの瞬間

そんな中、戯れでやった剣の道で思わぬことが舞い降りる。全てを諦めて生きていたはずなのに、ここにきて自分が後継ぎとして選ばれる可能性だ。多くのことを諦めることで生きていた縁壱だが、ここで希望の光を見たはずだ。人間だもの。狡猾に立ち回れば自分がより恵まれた状況になれる未来もあった。

 「いただいたこの笛を兄上だと思い、どれだけ離れていても挫けず 日々精進します」

縁壱は母の死後、人知れず家を出ることにした。人として感謝をし計略を巡らせなかったことが縁壱の誇り。全て兄、巌勝が愛を教えてくれたおかげ。縁壱にとっての太陽。

最期

お労しや、兄上

お労しいとは、地位や身分が上の者に対して、たいそう気の毒だ、ふびんでならない、と同情し悲しむさまを表す言い方。

このセリフと竹笛を大事そうに持っていたことから、頭のどこかで兄は鬼化などしていないと信じたかったのではないかと思う。縁壱の中で兄は他人(忌み子の弟)のためにも身を削って助ける存在であり、鬼にになり人を貶める存在などではなかった。(単行本20巻のカバー裏には7歳以前の兄が笑いながら無表情の弟と楽しそうに凧揚げで遊ぶ姿があります)

縁壱の涙には様々な感情があったでしょうが、最後にこの真実を悟り涙したのではないでしょうか。

自分が尊敬する兄上を狂わせたのが自分である哀しさ。

2人の奇妙な関係性

同じ日に生まれた似た存在なのに対局の存在である点は興味深いものです。

  巌勝(みちかつ)縁壱(よりいち)
剣の呼吸太陽
執着性執着が強い(強さ)執着がない
努力型天才型
生物不死(鬼)死(人間)

兄だけが存在していれば、侍となり鬼に強襲されたタイミングで縁壱に助けられることもなく死んでいたでしょう。

弟だけが存在してれば、縁壱は自らの才能に自惚れ努力をすることもなく、そこそこの存在で終わっていたかもしれません。

陰陽の概念と同じように、片一方ではこの伝説となるような継国兄弟は存在しえなかったのではないかと考えると興味深いところです。


鬼滅の刃 20 (ジャンプコミックスDIGITAL)

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